ちくご探検(たんけん)
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施設・モニュメント紹介
水田天満宮(みずたてんまんぐう)
水田天満宮は「学問の神様」として有名な菅原道真(すがわらのみちざね)をまつったお宮で、1226年にたてられたといわれています。
県文化財(けんぶんかざい)の建物(たてもの)や「水田の森」として県天然記念物(けんてんねんきねんぶつ)になっているクスノキなどの樹木(じゅもく)などがつかわれ、市内一の「文化財の宝庫(ぶんかざいのほうこ)」と呼ばれています。
また、水田天満宮(みずたてんまんぐう)の中には、とても有名な神社があります。それは、日本でたった一つ、「恋命(こいのみこと)」を神様としてまつっている「恋木(こいのき)神社」です。
そのため、この神社は、「恋の神様」、「幸せの神様」として親しまれていて、恋が実ることや幸せになれることをねがい、毎日たくさんの人がおとずれています。
「恋の神様」にちなんで、恋木神社の鳥居(とりい)はハートの形があしらわれています。神社の中には、ほかにもたくさんのハートがかくれています。探しながらおまいりしてみるのも、楽しいかもしれませんね。
山梔窩(さんしか)
水田天満宮(みずたてんまんぐう)の近くにあります。
江戸時代の終わりごろ、真木和泉守保臣(まきいずみのかみやすおみ)という人が仕事で失敗をし、罰(ばつ)としてなるべく外に出ないように命令されました。 山梔窩(さんしか)は、その真木保臣(まきやすおみ)が9年9ヶ月間反省の日々を過ごした場所です。
山梔窩(さんしか)には、「くちなしの家(や)」という別名があります。その名前の由来(ゆらい)は、その時に「クチナシ」の花がさいていたからとも、自由に意見を言うことができない自分からとったからとも言われています。毎年5月には、その仕事ぶりや人柄(ひとがら)をしのび、「山梔窩祭(さんしかさい)」が開かれています。
熊野神社(くまのじんじゃ)
熊野神社(くまのじんじゃ)には、未来(みらい)に伝えていきたい「熊野神社の眼鏡橋(くまのじんじゃのめがねばし)」があります。熊野神社のなかの放生池(ほうじょういけ)にかかる石づくりの橋で、手すりに書かれた文字から江戸時代につくられたといわれ、「福岡県で2番目に古い眼鏡橋」ということになります。
また、熊野神社(くまのじんじゃ)では毎年1月に「鬼の修正会(しゅじょうえ)」が行われます。
約500年前、病気にならないように・災害にあわないようにとお願いをする火祭りとして始まりました。
光明寺(こうみょうじ)
光明寺は725年にたてられた、市内でもっとも古いお寺です。
光明寺の中には、石でできた「九重塔(くじゅうのとう)」が二つあります。高さ3.3メートル、軸(じく)の太さは49センチ×47センチ、大きさがちがう笠(かさ)が9枚層のように広がって重なっています。
東の塔は県指定文化財(けんしていぶんかざい)になっており、「九州を代表する九重石塔(くじゅうせきとう)」とされています。
石人山古墳(せきじんさんこふん)
今見ると、石のかたまりにしか見えない、石人山古墳(せきじんさんこふん)のなまえの由来(ゆらい)になっている「武装石人(ぶそうせきじん)」。なぜ石のかたまりみたいになったのでしょうか。長い年月がたったからもありますが、いまのように囲いがされて人がさわることができなくなる前の「武装石人(ぶそうせきじん)」は、手足や腰、肩などに痛みがある人が、石人の同じ所を打つとそれが治るといわれ、打ったりなでたりされてきたからなのです。
春にはたくさんの桜の花が咲きます。
また、毎年4月には「石人まつり」も開かれます。
中ノ島公園
矢部川の近くにある公園です。
自然がいっぱいで、1,300本もの「大くす林」があることで有名です。この林は約6キロつづいています。
春には、お花見を楽しむこともできます。
宗岳寺(そうがくじ)
ここには、羽犬塚町(はいぬづかまち)の名前の由来にもなった、「羽犬塚(はいぬづか)」があります。
この塚ができた理由はふたつあると言われています。
ひとつは、昔、豊臣秀吉(とよとみひでよし)が九州に来た時につれてきていた犬が羽が生えたように元気に動きまわっていたと言われており、その犬が死んでしまい塚にうめたから、という理由です。
もうひとつは、昔、この地に人や家ちくをおそい住民からこわがられていたあばれ犬がいて、秀吉がたいじして塚に埋めたからという理由です。
今では、この羽犬が町のシンボルとなり、JR羽犬塚駅や羽犬塚小学校などいたるところでその像を見ることができます。
桑鶴納骨堂壁画(くわづるのうこつどうへきが)
これは、筑後市出身の井上三綱(いのうえさんこう)という画家が壁に描いたものです。
井上三綱は世界でも活やくした人で、今の古川小学校で先生として働いていたこともありました。
秋津島浪右衛門供養塔(あきつしまなみえもんくようとう)
津島地区にあります。
江戸時代に活躍した、津島地区出身の秋津島浪右衛門(あきつしまなみえもん)というおすもうさんに安らかに眠ってもらうために作られました。
このおすもうさんは、いちばん強かったころには身長182センチ、体重150キロもあったそうで、27年間もすもうをとりました。
津島東公民館のすもう場では、毎年9月23日、子どもすもう大会が開かれます。
久富盆綱曳き(ひさどみぼんつなひき)
毎年8月14日に久富地区で行われるおまつりです。
370年ほどまえ、食べ物がうまく実らなかったり、病気が広がったりしてたくさんの人が命を落としました。特に子どもが多かったそうです。このまつりは、そんな人たちをなぐさめようと始まりました。
地区の小学生たちが地獄のかまの番をする鬼役になり、全身にススをぬり、腰にはワラミノ、頭には角に見立てたなわをまきます。そして、直径約30センチ、長さ約20メートルの大きな綱をひいて近所を歩きます。
子どもたちの楽しみは、おまつりが終わった後に近くの小学校に行って体をきれいに洗い、プールで泳ぐことだそうです。
船小屋温泉郷(ふなごやおんせんきょう)
平成2年に、レトロなふんいきに生まれかわった「船小屋鉱泉場(ふなごやこうせんば)」の炭酸泉は、「砂糖を入れたらラムネになる」と言われるほど。また鉄分が多いのも特ちょうのひとつです。温泉ならではの硫黄(いおう)のにおいがして、味もしっかりしているそうです。ためしに飲めるようコップもおいてあるので、たくさんの人たちがここをおとずれます。
また、そのすぐそばには、「船小屋鉱泉源公園(雀地獄)(ふなごやこうせんげんこうえん(すずめじごく))」があり、冷たい炭酸泉がブクブクと泡を立てている様子を見ることができます。むかし、この温泉の上を飛んでいたすずめがたくさん落ちたので、「雀地獄(すずめじごく)」とよばれたそうです。
船小屋温泉には、千円札に姿がのっていた夏目漱石(なつめそうせき)も立ち寄っています。その時に作った俳句が、石にほられて、船小屋鉱泉場のそばにたっています。
また、平成23年には九州新幹線筑後船小屋駅もできて、たくさんの人がおとずれています。駅前の広場にはカラクリ時計があり、立ち寄った人を喜ばせています。この時計は、中ノ島公園の大クスをイメージして作ったそうです。
六所宮(ろくしょぐう)のえびす神像
六所宮えびす神社(ろくしょぐうえびすじんじゃ)は羽犬塚(はいぬづか)にあります。
ここには、七福神(しちふくじん)のひとりで、釣りざおを持ち、タイをかかえている商売(しょうばい)の神様、「えびす神」がまつられています。4つのえびす神像のなかに、夫婦のえびす神像があります。この神像には「正平(しょうへい)12年(1357年)11月吉日」と刻(きざ)まれていて、男女像がともにえびす神としてまつられているのは、日本でとても古いものではないかと考えられています。
六所宮では毎年1月10日に「十日恵毘須大祭(とおかえびすたいさい)」が行われて、たくさんの人がその年の健康や仕事がうまくいくようにとお祈りをします。おまつりの時には、ぜんざいやお酒がふるまわれとてもにぎやかです。
筑後市郷土資料館(ちくごしきょうどしりょうかん)
昔の人が使っていた道具が大切にしまわれています。その中には、白くやわらかい石にお経(おきょう)をほった「滑石経(かつせききょう)」もあります。
これが見つかったのは、今から150年ほど前の江戸時代(えどじだい)のおわりごろで、作られたのは、もっとむかしの1153年ごろと考えられています。
見学するときに使えるワークシートがホームページにあるよ。
欠塚古墳(かけづかこふん)
むかし、国にはむかった筑紫君磐井(つくしのきみいわい)という人がいました。その人に関けいするお墓がたくさんあるのですが、そのひとつが欠塚古墳です。
色々としらべたところ、この古墳は筑紫君磐井の手下のお墓ではないかと考えられています。
かまど神社社叢(かまどじんじゃしゃそう)
溝口地区にあるこの神社にあるクスノキが、平成15年6月4日に、これから先も大切に守っていくために市の天然記念物(てんねんきねんぶつ)になりました。
天然記念物(てんねんきねんぶつ)なったクスノキは、300年から600年間も生きている7本のクスノキです。そのなかでいちばん大きいクスノキは、神社の楼門(ろうもん)前にある2本のクスノキで、地元の人からは「夫婦楠(めおとくす)」とよばれています。
井原堤水辺公園(いはらつつみみずべこうえん)
緑がいっぱいの水辺(みずべ)の公園です。
すべり台やアスレチックなどの遊具はもちろん、お散歩を楽しめる並木道(なみきみち)や芝生の広場など自然がいっぱいの公園としてみんなに愛されています。
隣にある堤(ため池)では釣りを楽しんでいる人もいます。
窓ヶ原公園(まどがはるこうえん)
筑後市初の都市公園(としこうえん)として知られています。
園内にはソフトボールやサッカーができる多目的広場や遊具、また、バレーボールやバスケットボールができる体育館もあります。
休日や早朝には、散歩やウォーキングを楽しむ人たちの姿も多く見かけます。
水田公園
スポーツ施設と集会施設のある水田コミュニティーセンターの西側にある水田公園には、運動広場や遊具のある広場、流水池(りゅうすいいけ) などがあり、市民のいこいの場として親しまれています。
恋木神社も有名な、水田天満宮(みずたてんまんぐう)のすぐ近くです。
福王寺(ふくおうじ)
矢部川のそばにあります。
全国を旅していた日源上人(にちげんしょうにん)という偉いお坊さんが、矢部川の水が紙を作るのにあっていることや、紙の原料になるコウゾという植物がたくさんあることから、このお寺に作業場を作り、紙の作り方を村の人に教えました。
そうして生まれたのが、じょうぶな「筑後和紙(ちくごわし)」です。
福王寺には、日源上人の像が建てられています。